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滝沢克己の世界

ことばの力 滝沢体験の証言


私たちの共同作業がまさにこの個所にさしかかった
とき、突如としてベトヒャー師は、この四十年来私が
何を言ってきたかを理解した。


 『バルトとマルクス』(三一書房、1981年、278頁)


私は自分自身に対して「ヴェルナー・コーラーに招かれて七十年代の中ごろ マインツ大学神学部で講義した、あの年老いた日本人の哲学者に君が出会ったとき、君は何を思ったか」と問う。・・・                     

 ・・・神学者たちの間に、滝沢は彗星のごとく突入してきた。他の人たちのようでなく、「権威ある者のように」語った人と同様であった。事物の根拠が前景に現れる。しかし、事物の経過が軽視されるのではない。・・・      

  ・・・第一は、一見まったく別の火から生じた火花が、消えかかったキリスト教というおき火にふたたび明るい火をたきつけた。・・・宗教史が真に「神学的 問題」になったのである。第二は、古代のキリスト教的言表(神性と人性に関するカルケドン会議の定式)に対して新しく接近する道が開かれているということである。またカール・バルトに対する新しい接近の道も示されている。

    (ウルリッヒ・シェーン「醜い小さなアヒルの子」、
     『滝沢克己 人と思想』新教出版社、1986、190〜2頁)

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